文字サイズ
企業のIT投資は、「守り」と「攻め」の2種類に分けて論じられることがあります。「守りのIT投資」とは、ITによる業務の効率化やコスト削減を目的としています。一方、「攻めのIT投資」とは、ITを活用した既存のビジネスの変革、新たな事業展開や新しいビジネスモデルの創出を行うことによって、新規顧客獲得、収益拡大、販売力のアップを目指すことです。IT投資に守りと攻めがあることを意識して、両者のバランスをとることが理想です。日本の企業は「守りのIT投資」に偏っていると言われているので、「攻めのIT投資」に重点を置くと良いでしょう。
ここでは、「守りのIT投資」(デジタルオプティマイゼーション)と、「攻めのIT投資」(DX)について紹介します。次に、近年特に重要性が増している攻めのIT投資に関して、具体的な実施手順を事例とともに説明します。最後に、近年注目されている主要なデジタル技術に対する取り組み方や活用方法を含めて紹介します。

攻めのIT活用指針
経済産業省は、「攻めのIT活用指針」を策定しています。この指針を活用することで、自社の現在のIT活用状況を確認することができます。現状を把握し、これからどのようなIT投資を行っていくかを検討する際の参考になります。
| STEP1 IT導入前の状況 |
| ITを導入していない
(例)口頭連絡、電話、帳簿での業務 |
| STEP2 置き換えステージ |
| 紙や口頭でのやり取りをITに置き換え
(例)社内メール、会計処理や給与計算にITを使用 |
| STEP3 効率化ステージ/ 守りのIT投資(デジタルオプティマイゼーション) |
| ITを活用して社内業務を効率化
(例)顧客・商品・サービス別の売上分析 |
| STEP4 競争力強化ステージ/ 攻めのIT投資(DX) |
| ITを自社の売上向上などの競争力強化に積極的に活用
(例)マーケティング・販路拡大・新商品開発・ビジネスモデル構築 |
図26. 攻めのIT活用指針の概要
(出典)経済産業省「攻めのIT活用指針」をもとに作成
「2025年の崖」とは、経済産業省が平成30年に発表した「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」にて提示されているキーワードです。このレポートでは、令和7年は、基幹系システムのサポート終了に伴う維持費の増加や人材不足の深刻化などが集中する年であると予測されています。また、こうした既存のITシステムをめぐる問題を解消しない限りは、DXを本格的に展開することは困難であると指摘しています。さらに、レポートによれば、日本企業がDXを推進できなかった場合の経済的な損失は、年間最大で12兆円に上ると算出され
ています。[7]
[7] 経済産業省「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/dx/20180907_02.pdf

図27.「2025年の崖」の概要図
(出典)経済産業省「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」をもとに作成
「2025年の崖」に陥らないための対応策
現代の市場は絶えず変化し続けており、その市場の変化に迅速に対応するため、業務を変革させ、生産性を向上させることが企業にとって重要な課題となっています。生産性を向上させるためには、ITの活用が不可欠であり、「守りのIT投資」、デジタルオプティマイゼーションがその1つとして注目されています。
| 業務効率化・コスト削減
デジタル技術の普及により、新たな競合他社が市場に参入し、従来のビジネスの常識が変化しています。この状況下で企業がビジネスを継続していくためには、「攻めのIT投資」によって、製品・サービスの品質向上や新規開発、ビジネスモデルの変革などを行い、企業の競争力を維持および強化することが必要です。 |
| デジタル活用するための環境整備
DXを実現するには、データの活用が不可欠です。これまでの業務では、表計算ソフトウェアや紙を使用していたため、データを有効に活用することが難しい状況でした。しかし、守りのIT投資を行うことで、データを収集・利用する環境を整えることが可能です。これにより、将来的にDXを実施する際の障壁を低減することができます。 |
| 「守りのIT投資」には、以下のようなものがあります。
⚫︎ 定期的なシステム更新サイクル ⚫︎ ITによる業務効率化/コスト削減 ⚫︎ 法規制対応など |
| 手順1:業務内容・業務フローの可視化 |
| 現在の業務プロセスやフローを明確にし、可視化することで全体像を把握します。 |
| 手順2:削減・短縮可能な業務の洗い出し |
| 可視化された業務から、削減や短縮が可能な業務を特定します。 |
| 手順3:改善や対応の実施 |
| 洗い出された業務の中から、優先度や重要度に基づいて順位づけを行い、事前に計画した改善策や対応を実施します。 |
| 手順4:業務改革の実現 |
| 業務の効率化や品質向上を実現します。 |
社長が就任した平成27年は、観光業・宿泊業の市場規模が拡大している時期でした。その一方、人手不足や競合ホテルの増加による清掃業務の委託費高騰など、ホテル経営が厳しい状況でした。少ないコストと労力で生産性を上げるために、アウトソーシングが一般的であった清掃業務に対してデジタル技術を活用し、内製化に取り組みました。この取組によって、お客様満足度も向上しました。
| 手順1:業務内容・業務フローの可視化 |
| 現在アウトソーシングしている清掃業務について、業務内容を洗い出す。 |
| 手順2:削減・短縮可能な業務の洗い出し |
| 洗い出した内容から以下の目標を立てる。
1.能力の見える化 2.清掃スキルの継承 3.最新状況の共有 |
| 手順3:改善や対応の実施 |
| 誰がどのくらい働いているか、労働投入量を可視化
清掃作業がうまい人を動画にし、具体的な手順を可視化・マニュアル化 チャットツールを使って従業員同士の清掃状況の共有 |
| 手順4:業務改革の実現 |
| 一部屋あたりの清掃時間を減らすことができ、結果として接客の質も上がり、お客様満足度の点数も上がりました。 |

図28. 業務改革の流れ
(出典)経済産業省「中小企業向け デジタルガバナンス・コード 実践の手引き」をもとに作成
業務効率化やコスト削減のためにデジタル技術やツールに投資する「守りのIT投資」に加えて、デジタル技術を用いて、ビジネスモデルを変革したり、顧客視点で新たな価値を創出したりするDXを推進させるため、「攻めのIT投資」を行うことが必要です。
| ビジネス環境の急激な変化に対応するため
デジタル技術の普及により、新たな競合他社が市場に参入し、従来のビジネスの常識が変化しています。この状況下で企業がビジネスを継続していくためには、「攻めのIT投資」によって、製品・サービスの品質向上や新規開発、ビジネスモデルの変革などを行い、企業の競争力を維持および強化することが必要です。 |
| 多様化する顧客のニーズに応えるため
デジタル時代において、顧客のニーズや期待は大きく変化しています。そのため、「攻めのIT投資」によってDXを推進させ、顧客視点で新たな価値を創出し、顧客満足度を高めていくことが必要です。 |
| 「攻めのIT投資」には、以下のようなものがあります。
⚫︎ 新規事業の立ち上げ、事業発展 ⚫︎ 既存製品の品質向上・新製品やサービスの開発 ⚫︎ ビジネスモデルの変革など |
| 手順1:経営ビジョン・戦略の策定 |
| デジタル技術によって市場や顧客のニーズがどのように変化するのかを検討した上で、企業の存在意義や企業理念を再認識し、5~10年後の中長期的な視点で顧客にどのような価値を提供していきたいのか、ビジョンを明確にします。 |
| 手順2:変革の準備・課題の抽出 |
| 将来のビジョンと現状のギャップから、課題を抽出します。また、関係者に将来のビジョンを説明し、変革を受け入れてもらえるような意識改革を行い、全社的に取り組める体制を整えます。 |
| 手順3:デジタル技術・業務改革による課題の解決 |
| デジタル技術の活用や業務プロセスの見直し、企業文化の改革などにより、課題を解決していきます。 |
| 手順4:顧客に新たな価値を提供・他社のDXに貢献 |
| 新たな価値を創出し、顧客に提供します。さらに、サプライチェーン全体に対しても貢献していきます。 |
北海道でワイン製造を営む会社がDXの取り組むきっかけは、産地を細分化した高品質なワインを安定化してお客様に届け、農家にもしっかりと利益を還元したいという思いでした。従来ブドウの生産地などはアナログ作業で実施していましたが、業務をデジタル化することによってリアルタイムで管理でき、「産地細分化ワイン」を製造することが可能になりました。

図29. 業務改革の流れ
(出典)経済産業省「中小企業向け デジタルガバナンス・コード 実践の手引き」をもとに作成
| 詳細理解のため参考となる文献(参考文献) | |
| 中堅・中小企業等向け「デジタルガバナンス・コード」実践の手引き | https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dx-chushoguidebook/contents.html |
| 手順1:実現したいことを明確にする |
| ワインの価値を決める要素として重要な「産地」を細分化して、高品質なワインを増産・安定供給することを目指します。 |
| 手順2:課題の明確化、関係者の意識改革を実施する |
| 細分化を妨げている要因は、ブドウの受け入れに関わる「口頭伝達」「手書き記帳」などのアナログ作業で、PCには手書き記帳された情報から入力していました。 |
| 手順3:デジタル技術による課題解決 |
| 外部のITベンダーの力を借り、計測器と専用PCを連携させてブドウの重量データを送信するともに、生産農家や品種をコード管理して、生産地などとリンクできるようにしました。 |
| 手順4:顧客に新たな価値を提供・ビジネスモデルの転換 |
| ブドウの重量・品種・産地・生産者をリアルタイムで集約管理し、特定産地のブドウを特定のタンクに貯蔵する、いわゆる「産地細分化ワイン」を製造できるようになりました。
結果、産地細分化ワインの増産・安定供給の実現につながりました。 |
DXを推進していく際、ただ単にデジタル技術を導入すれば良いというわけではありません。自社の実現したいこと(将来のビジョン)から、実現に必要な課題を明確にし、その課題を解決するためにデジタル技術の活用が求められます。現在は、AI、IoTなど新しいデジタル技術が多くあります。
以下では、主なデジタル技術を紹介します。次に、デジタル技術を活用して自社の課題を解決してもらうための参考情報として、既にDXを実践している企業の事例を紹介します。

| 項目 | 概要 | 活用方法例 |
| AI | AIは膨大な情報を処理し、判断や予測を行うことができます。 | ⚫︎ 需要の予測や在庫の最適化
⚫︎ 不良品の自動検出 ⚫︎ 対話型AIによる、問い合わせ対応の自動化(近年、学習したデータをもとに新しいコンテンツを生成できるAIの登場により、複雑な問い合わせにも対応可能) |
| IoT | 現実世界のさまざまなモノが、インターネットとつながることです。収集したデータが、インターネットに送信・蓄積され、データを分析・活用することで、新たな価値の創出につながります。 | ⚫︎ 生産設備にセンサーを設置し、振動データを取得し分析することで、部品の故障予知や性能維持が可能
⚫︎ 生産設備の稼働状況を可視化したことで、すべての拠点での生産状況をリアルタイムに把握可能 |
| クラウドサービス | 自社で機器やシステムを保有しなくても、インターネット経由で、さまざまなサービスを利用できます。 | ⚫︎ 社内情報の一元管理、情報共有の利便性向上
⚫︎ システムを開発・実行するためのツールや環境構築の作業の省略 ⚫︎ 場所やデバイスに依存せずに作業の継続ができ、リモートワーカーや複数拠点のチームとの協業が可能 |
実際にデジタル技術を活用して課題解決、競争力の強化を実践していく際の参考として、既にDXを実践している企業が、どのようにデジタル技術を活用して自社の課題を解決し、競争力を強化しているのか紹介します。
| DXの目的 | 建設業界における業務効率化と品質向上を目的に現場と本社の情報連携を強化し、意思決定の迅速化を図る。また、持続可能な経営基盤の構築と人材育成を目指すことが目的 |
| 取組内容と成果 | DX戦略を「建設生産プロセスの変革」「データの活かし方の変革」「人材確保の取組の変革」という3つの重点領域別に定め取組を実施しました。特に「建設生産プロセスの変革」においては、建設現場で培った3次元データの測量、作成、施工管理のスキルを活かし、外部事業者へのサービス提供という新規ビジネスモデルを創出しています。これにより、現場作業の効率化だけでなく、1名当たりの営業利益が8倍超まで増加することができました。 |
| DXの目的 | マーケットの縮小を背景にビジネスモデルをインサイドセールス主体に転換した、全国をマーケットとする業態に変革することが目的 |
| 取組内容と成果 | 既存・新規事業を拡大するためには取引データや営業活動データ、Webマーケティングデータを有効に活用することと判断しています。そのためのデータサイエンティスト人材育成を進め、情報共有・意思決定ツールとしてグループウェアの導入、クラウド型システムへの移行、Webマーケティング、メールマーケティングを基に市場分析を行い、テレワーク環境と業務のペーパーレスが実現しました。
訪問型営業スタイルから、全国にアプローチできるインサイド型への変革を成し遂げ、道外販売比率が2020年の7.7%から、2024年は19.2%へと大幅に増加し、新規顧客の獲得は120%増となっています。 |
(出典) 経済産業省 「DX Selection 2025」をもとに作成
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dx-chukenchushotebiki/dx-chukenchushotebiki_2025.pdf