セミナーテキスト

3-2. 政府機関が目指す社会の方向性とサイバーセキュリティ課題

3-2-1. デジタル社会の実現に向けた重点計画

政府は経済財政運営と改革の基本方針で掲げているデジタル社会の実現を目指すにあたって、「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を2025年6月13日に閣議決定しました。「デジタル社会の実現に向けた重点計画」は、「骨太の方針」の広範なビジョンを、国全体の実行可能な戦略へと具体化する重要な戦略文書です。政府の全DX施策における中心的かつ包括的な戦略であり、デジタル庁が「司令塔」としての役割を担い、全ての府省庁にとっての「羅針盤」として機能しています。[2]

[2] デジタル庁.”デジタル社会の実現に向けた重点計画”. https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/5ecac8cc-50f1-4168-b989-2bcaabffe870/cd4e0324/20250613_policies_priority_outline_03.pdf

デジタル社会で目指す社会の姿

初回に策定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(2021年 12 月 24 日閣議決定)において、日本が目指すデジタル社会について、「デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」と定義し、以下6つの姿を挙げています。 これらの目指す姿は、直面する課題と情勢変化を踏まえつつ、現在においても、引き続き、政府として追求していくべきものとされています。

 

デジタル社会で目指す6つの姿
1.デジタル化による成長戦略

国・地方公共団体や民間との連携の在り方を含めたアーキテクチャの設計やクラウドサービスの徹底活用、デジタル原則を含む規制改革の徹底、調達改革の推進、データ戦略の推進、データ連携やDXの推進、AIの適切かつ効果的な活用などにより、我が国全体のデジタル競争力が底上げされ、成長していく持続可能な社会を目指す。

2.医療・教育・防災・こどもなどの準公共分野のデジタル化

必要なデータの連携などを通じて、国民一人ひとりのニーズやライフスタイルに合ったサービスが提供される豊かな社会、継続的に力強く成長する社会を目指す。

3.デジタル化による地域の活性化

地方の共通基盤を国が支援することなどにより、地域からデジタル改革、デジタル実装を推進、デジタル田園都市国家構想の実現、地域で魅力ある多様な就業機会の創出などを図り、地域の課題が解決され、各地域で培われてきた地域の魅力が向上する社会を目指す。

4.誰一人取り残されないデジタル社会

地理的な制約、年齢、性別、障害や疾病の有無、国籍、経済的な状況などにかかわらず、誰もが(デジタルに不慣れな方にも・デジタルを利用する方にも)日常的にデジタル化の恩恵を享受でき、さまざまな課題を解決し、豊かさを真に実感できる「誰一人取り残されない」デジタル社会を目指す。

5.デジタル人材の育成・確保

全国民が当事者であるとの認識に立ち、ライフステージに応じた必要なICTスキルを継続的に学ぶことで、デジタル人材の底上げと専門性の向上を図り、デジタル人材が育成・確保される社会を目指す。

6.DFFT(Data Free Flow with Trust):「信頼性のある自由なデータ流通」の推進を始めとする国際戦略

国際連携を図ることで、データがもたらす価値を最大限引き出し、国境を越えた自由なデータ流通が可能な社会を目指す。

(出典) デジタル庁「デジタル社会の実現に向けた重点計画」をもとに作成

取組の方向性と重点的な取り組み

日本国内の人口減少・労働力不足に対応するため、制度・業務・システムを一体で捉えた「三位一体」の取組を推進し、デジタル化のメリットを実感できる分野を着実に拡大することが重要です。そのため、本書を通じて政府は取組の方向性として、以下の5つへの取り組みを示し、異なる分野の掛け合わせによる新たな価値創出を念頭に、政府・地方・民間が連携し総合的に推進することが求められます。

 

取組の方向性と重点的な取組
1.AI・デジタル技術等のテクノロジーの徹底活用による社会全体のデジタル化の推進

AIやロボット、IoTなどの先端技術を社会全体に広く導入し、行政・産業・生活のあらゆる場面でデジタル化を加速

行政手続きのオンライン化、ガバメントクラウドの整備、マイナンバーカードの活用拡大

 

2.AI-フレンドリーな環境の整備(制度、データ、インフラ)

AIやデジタル技術の活用を阻む制度・規制の見直し、データ利活用のための基盤整備、オープンデータ推進

AI向け計算資源・データセンターの整備、ベース・レジストリ(公的基礎情報データベース)の整備

 

3.競争・成長のための協調

官民・産学・地域横断の連携によるイノベーション創出、データ連携・利活用の推進。

スタートアップ支援、産業全体のDX推進、国際連携によるグローバル競争力の強化

 

4.安全・安心なデジタル社会の形成に向けた取組

サイバーセキュリティ戦略2025、能動的防御(アクティブディフェンス)、サプライチェーン全体での対策強化

経済安全保障の強化、AIセーフティ、偽・誤情報対策、アクセシビリティの確保

 

5.我が国のDX推進力の強化(デジタル人材の確保・育成と体制整備)

デジタル人材の育成・リスキリング、AI人材の確保、産学官連携による教育プログラムの拡充

政府・自治体・企業におけるDX推進体制の強化、デジタル庁の司令塔機能の強化

 

中小企業に関わりのある重点的な取組

「デジタル社会の実現に向けた重点計画」で記載されている中でも、『4、安全・安心なデジタル社会の形成に向けた取組』は、デジタル社会の急速な進展に伴い、国民・企業が安心してデジタル技術を活用できる環境を整備するための政策が体系的に示されています。中小企業にとっても、特に重要となる章であり、5つのポイントが示されています。

また、サイバーセキュリティ戦略についても触れられており、単独の計画書ではなく骨太の方針を含めた連携された計画書であることが確認できます。

 

(4)安全・安心なデジタル社会の形成に向けた取組(要約) 5つのポイント
1. デジタルリテラシーの向上

国民全体がデジタル技術を正しく理解し、活用できるようにするための教育・啓発活動。

中小企業では、従業員のITスキル底上げが重要。特にセキュリティ意識の向上が求められる。

2. アクセシビリティの確保

誰もがデジタルサービスを利用できる環境づくり(高齢者、障がい者、ITに不慣れな層も含む)。

中小企業では、顧客向けサービスや社内システムにおいて、使いやすさ・わかりやすさの設計が重要。

3. 偽・誤情報等対策

SNSやウェブ上での誤情報・偽情報の拡散を防ぐための対策。

中小企業では、公式情報の発信において信頼性を確保し、従業員の情報リテラシー教育を強化する必要がある。

4. サイバー犯罪対策

サイバー攻撃への対応力強化(政府・企業・個人の連携)。

中小企業では、標的型攻撃やランサムウェアへの備えとして、基本的なセキュリティ対策(ウイルス対策、パスワード管理、バックアップなど)を徹底することが求められる。

5. サイバーセキュリティの確保

安全な情報システムの構築と運用、脆弱性対策、インシデント対応体制の整備。

中小企業では、セキュリティ診断ツールの提供、専門家による支援、補助金制度などが活用可能。

3-2-2. 統合イノベーション戦略推進会議

国は、統合イノベーション戦略推進会議の下にAI戦略会議とAI制度研究会を設置しました。ここでは、イノベーションの推進とリスクへの適切な対応の両立を重視しており、限られた経営資源の中で生成AIを安全かつ効果的に活用するための道筋を示すことが重要視されています 。AIが我が国の発展に大きく貢献する可能性がある一方、様々なリスクが表面化している現状を踏まえ、急速に進展し、中小企業を含む様々なビジネス主体にとって身近になりつつある生成AI技術の利活用を促進するとともに、その利用に伴うセキュリティリスクへのための制度的対応を検討しています。

3-2-3. Society5.0

Society5.0は、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)です。狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されました。

Society5.0では、IoT(Internet of Things)ですべての人とモノがつながり、さまざまな知識や情報を共有することによって、これまでにない新たな価値を生み出すとともに、社会が抱える課題を解決し、困難を克服できます。また、人工知能(AI)、ロボット、自動走行車などの利用によって、少子高齢化、地方の過疎化、貧富の格差などの課題も解決できるでしょう。こうした社会の変革(イノベーション)が進むことによって、希望の持てる社会、世代を超えて互いに尊重し合う社会、一人一人が快適で活躍できる社会が生まれることが期待されます。

これまでの情報社会(Society4.0)では、人がサイバー空間にあるクラウドサービスにアクセスすることで、情報やデータを入手し、分析を行ってきました。Society5.0では、フィジカル空間のセンサーから膨大な情報がサイバー空間に集積されます。サイバー空間では、この集積されたデータ(ビッグデータ)を人工知能(AI)が解析し、その結果をフィジカル空間の人間にさまざまな形で、フィードバックしていきます。今までの情報社会では、人間が情報を解析することで、価値が生まれましたが、Society5.0では、AIが解析した膨大なビッグデータの結果がロボットなどを通して、人間にフィードバックされることで、これまでに実現しなかった新たな価値が産業や社会にもたらされます。[3]

[3] 内閣府.”Society5.0”.https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0

図4. Society4.0とSociety5.0の比較
(出典)内閣府.”Society5.0”.https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0

 

社会の変化に対するセキュリティ上の脅威

Society5.0におけるサイバー空間の急激な拡大は、サイバー攻撃の対象が増えることを示しています。サイバー空間とフィジカル空間の相互作用により、サイバー攻撃がフィジカル空間にも影響を及ぼす可能性が高まります。例えば、医療機器やインフラシステムなどがサイバー攻撃によって操作されたり、停止したりすると、人命や社会生活に重大な影響を及ぼす恐れがあります。

Society 5.0では、多様な人々がサービスの効果を享受できる包摂的な社会を目指していますが、そのためにはサービスの利用可能性や継続性を確保する必要があります。しかし、サイバー攻撃によってサービスが利用できなくなったり、中断されたりすると、包摂的な社会の実現に支障をきたす可能性があります。また、IoTデバイスやセンサーが収集したデータをサイバー空間で改ざんし、偽情報を拡散するといったフィジカル空間とサイバー空間の情報転送への脅威も考えられます。さらに、IoTやAIなどの技術を活用することで、大量のデータが生成されますが、そのデータは個人情報や企業情報などの重要な情報を含む場合が多く、その漏えいや改ざんによってプライバシーや知的財産権などが侵害される危険性が高まります。

また、Society5.0においては、IoTから得られる大量データの受け渡しなど、サイバー空間とフィジカル空間の融合によって新たな処理が発生します。その新たな処理がサイバー攻撃の対象となる可能性を認識すべきです。Society5.0においては、サプライチェーンも変化します。サイバー空間とフィジカル空間が融合されることで、サプライチェーンを構成する企業同士の関係が複雑につながります。その結果、サイバー攻撃の影響範囲がこれまで以上に拡大することが予測されます。

Society5.0における社会の変化 社会の変化に対するセキュリティ上の脅威
大量データの流通・連携 ⚫︎ データの性質に応じた適切な管理の重要性が増大
フィジカル空間とサイバー空間の融合 ⚫︎ サイバー空間からの攻撃がフィジカル空間まで到達

⚫︎ フィジカル空間から侵入してサイバー空間へ攻撃を仕掛けるケース

⚫︎ フィジカル空間とサイバー空間の間における情報の転換作業への介入

複雑につながるサプライチェーン ⚫︎ サイバー攻撃による影響範囲が拡大

(出典)経済産業省「サイバー・フィジカル・セキュリティ対策  フレームワークVer1.0」をもとに作成

Society5.0の進展に伴い、セキュリティ対策の重要性が増し、組織や個人がより綿密なセキュリティ対策を講じる必要があります。また、サプライチェーン全体でセキュリティ対策を実施し、企業間で意識を共有することも重要です。

 

3-2-4. DXの推進

DXの推進における中小企業の優位性について説明します。DXとは、デジタル技術やツールを導入すること自体ではなく、データやデジタル技術を使って、顧客目線で新たな価値を創出していくことです。中小企業の中には、DXを推進し、売上高を5倍、利益を50倍に増加させた企業が存在します。中小企業ならではの優位性を理解し、積極的にDXに取り組むことで、大きく成長できる可能性があります。以下では、DXを推進する際に、中小企業の優位な点を説明します。そして、優位性を利用してビジネスモデルや企業文化などの変革に取り組んでいる企業の事例を紹介します。

 

中小企業がDX推進における優位な点
参考情報が豊富

DXを既に手掛けている中小企業や、DXを順調に進めている企業のやり方を参考にすることができる

環境が整備されている

先行者や大企業などにより既に整備されたプラットフォームを利用し、新たなビジネスに取り組むことができる

環境の変化に素早く対応しやすい

経営者が即断即決し、新しい取組に臨みやすい利点がある。そのため、変革のスピードにおいて優位性を持つことができる

 

事例(企業文化の改革):精密機械部品加工
産学官連携で開発された中小企業向けの共通業務システムプラットフォームを導入し、長年の業務を支えた基幹システムを刷新しました。その結果、無駄な業務や無理な計画などが判明したことに加えて、各部署のデータがつながるようになりました。これにより、各部署がそれぞれ自部署のことのみを考えていた状態から、他部署に正しいデータを流さなければならないという意識が生まれました。全社で「正しいデータ」を集める意識を持つ企業文化への変革に効果が出始めました。

(出典)経済産業省 「中堅・中小企業等向け「デジタルガバナンス・コード」実践の手引き」をもとに作成

データ活用の流れ

顧客視点で新たな価値を創造するためには、製品やサービス、業務の変革が必要です。また、デジタル技術(IoTビッグデータ、ロボット、AIなど)を用いてデータを活用していくことが大切です。ここでは、デジタル技術を用いてデータを活用し、製品やサービス、業務を変革していく流れを具体的な事例と合わせて説明します。

以下は、データを活用し、業務を改革していくための手順となります。

手順 概要
1.データの収集 IoTやセンサー、カメラなどの機器を用いて情報を収集します。
2.データの蓄積 収集した膨大なデータ(ビッグデータ)を集積します。
3.データの解析 AIを用いてデータを解析します。
4.解析結果の反映 解析の結果をもとに改革を進めます。
事例(業務改革):某メーカー
製造現場の加工機にセンサーを設置して、機械の動作を非常に細かい間隔でデータ収集・可視化できる製品を開発しました。また、取得したデータを専門技術者が遠隔で確認し、動作不良の原因調査や製品の適切な使用方法のアドバイスを実施したり、AIによるデータ解析によって使いやすい製品の設計・開発に活用したりすることが可能となりました。

 

図5. データ活用による業務改革の流れ
(出典)IPA”製造分野のDX事例集”. https://www.ipa.go.jp/digital/dx/mfg-dx/ug65p90000001kqv-att/000087633.pdf

DX with Cybersecurityの概要

DXを推進していくことで、企業は新たな価値を創造して競争力を強化していくことができます。しかし、DXを推進することは、デジタル技術の利用を拡大することにつながり、サイバー攻撃やデータ漏えいなどのセキュリティ上のリスクが増大することにもなります。そのため、DXを推進すると同時に、セキュリティ対策も強化すること(DX with Cybersecurity)が求められることになります。

DXの推進によって、自社の製品やサービスの価値を向上させることができます。しかし、デジタル技術の活用によって増大するセキュリティ上のリスクに対応しなければ、企業の存続を脅かすインシデントが発生するかもしれません。そのため、セキュリティ対策はやむを得ない費用ととらえるのではなく、企業価値や競争力の向上に不可欠なものとしてとらえることが大切です。

DX with Cybersecurityの詳細に関しては、後述のページで説明します。